[生きる」を選ぶ日々。 ‐Since 4/5/2019‐

体育の成績はいつも「5」、健康に生きるのが心地よくて、自由に動く身体が好きで
体育の教師にもなって。生まれてからずっと
健康優良児で生きてきた私が、
「生きる」ことを選びながら時を過ごすなんて、想像もしたことありませんでした。

ゴールデンウィークに自分で自分に異変を感じて、救急で運ばれてからそのまま山梨医大へ入院しています。もうすぐ2週間かなあ。

その最初の10日間くらいは、ほぼ意識が遠く、ひどい頭痛に苦しんでいました。
さまざまな検査を行ったのですが、あんまり詳しいことは覚えていないです。

それがつい3~4日くらい前までですね。

目に映る景色もまったくグラグラしていて、見えてないというか。焦点を合わせようとして、人の顔をしっかり見ることさえも本当につらかったです。
だからせっかくお見舞いに来てくれた方々のお顔を、ちゃんと見れていなかったなあ。
ごはんも食べられず、起き上がることもままならず。

でも治療が始まった今はこうやって、起き上がり、自分を取り戻し、思いを文字に残すことができます。

変化というのは急に来るものですね。

もっとも私の場合は体内で何らかの変化が徐々に進行していたのだとは思いますが、こんなに一気に来る?ってくらい、急転直下です。急転直下というよりも「カーテンがシャッと開いた」という感じかな。

これまで感じていた日常、これまで見ていた景色とは一変。
これまで閉じていたカーテンが一気に開いて、新しい状況・感覚と出会ったのです。
光・音・重心・皮膚感覚・運動神経。

大好きな光は本当にまぶし過ぎて、目を開けていられないほどでしたし、
ふたつの目で見えるのはふたつ。(通常は一つに見えますよね)
音は頭中に反響して、頭中に響き痛い感覚でしたし、
皮膚感覚はマヒして、あたたかいお茶の湯気もほっぺで感じることができなかった。

普通にしていると重心はグラグラしてしまうので、支えに頼りながら、フワフワと歩く。
足元はしっかりしているんです、だけど軸をとらえられない。
不思議でしたよ、私の身体は。末端の感覚で重心をとらえようとしている。
目を閉じたほうが、しっかり歩ける。
「片足で立ってみて」とドクターに言われれば、一気に集中して、立ててしまうんです。
ただ、集中しないとグラグラなんですけどね。
集中力とか、末端の感覚とか、運動神経とか、すごいなーって改めて思いました。

フワフワしていたり、痛みに支配されていたり、そういう自分を認識することもできなかったので、今振り返ってみると、その時は、きっと自分を見失ってる感じだったのだと思います。


1番最初の救急でMRI診断された時、ドクターは、「おそらく多発性硬化症ではないか」と言いました。
日本ではまだあまり知られていない難病です。あ、まだ診断はついてないのですけど。

みなさんにどう思われるかを恐れずに言えば、自己免疫不全症というか、自分の免疫で自分の中枢神経の細胞を壊してしまうという、難しい病気なんだそうです。
この病気が原因で死んでしまうこともある、そして今は根治療法がなく、一生一緒に暮らしていく病。

今回私の場合はこれが脳内で起こってしまって、脳内の神経細胞が攻撃され、影を作り、上記のような症状が現れたのだと説明をされています。

こんな時でさえ、私は、自分の客観視をしていて、
この状況に感情的に巻き込まれることもそんなになく「まあそうなのだ」と最初から少し受け入れています。
ただ、周りの人々が苦しむのは本当に嫌です。
誰かが悲しむのは本当に見たくない。

今回のことで、私の周りには本当にたくさんの人たちの暖かい想いや支え、サポートがあるんだということに改めて気づきました。
私はたくさんの人に愛されているんだって。

私は今、たくさんの人に愛されている。
ふと気づいたら、私はベッドの中で痛みや苦しさと一緒にいるのではなく、関わってくれてるたくさんの方々の暖かい想いや愛と一緒にいました。

それはまるで柔らかい毛布にくるまれているような、暖かさと安心感と気持ちよさだったのです。


命を考えました。
この病気で死んでしまう場合もあるし、治療の段階で副作用もかなりある。
治療自体も覚悟を持って行わなければならないのだと、お医者様は言っていました。

命を考えました。
命って、人とのかかわりの中で存在し、育まれるものなんだって、本気で感じています。これは頭で理解することとは違って、何か知ってるような、腑に落ちているようなそんな感じです。

心臓の動き、脳の活動、呼吸、排せつ…命を育むたくさんの身体活動はあるけれど。

今は言葉でうまく表現できないですけど、命とは、人とのかかわりのことなのだと、
朦朧とするベッドの中ではっきりと感じたのを覚えています。

形には残らないけれど、思いと思いの交差点。それが私であり、命である。

大事にしたいことも、輪郭を持ってはっきりと感じています。

これからは、お仕事の比重を大幅に減らしていきます。(この病気は自分にストレスをかけてはいけない。ストレスがかかると、自分で自分を破壊し始めてしまう、免疫異常ですから。おもしろい病気ですね。)

仕事は好き。だからストレスがかからないものを心地よく行っていこうと思います。

そしてこれまで仕事を全うすることで、自分に感じていた価値のようなものを、
下ろしていくことに決めました。

周りのみんなから期待されても、望まれても、非難されても、私は逃げまする。
「生きる」を選んでいきます。

そして私は人から愛されているんだということを、しっかりと受け取りながら生きていこうと思っています。
受け取ります。

そしてね、心地よく仕事を続けていく中で、今回の経験も包み隠さず伝えていこうと、自然に思いました。いやむしろ、伝えていきたいと思ったのです。

きっと私という存在から、自然に滲み出て行っちゃうと思いますし。

包み隠さず、でも求められず、自分の素っ裸みたいな状態で、心地よく人と関わり、お仕事も、プライベートもそんなに境なく、続けていきたいなって思ってます。

私の大切な人たちは、一緒に向き合ってくれるようです。
それだけでいい。
ありがたい。
病気になった私から逃げずに、一緒に向き合ってくれる人たちがいる。
それは宝石のようなきらめきを持った、私の存在の証明に近いのではないかと思うのです。

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